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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
楽天モバイルが悲願だったプラチナバンドを獲得しました。携帯業界はドコモ、KDDI、ソフトバンクの3大キャリアが圧倒的なシェアを誇る寡占市場。そこへプラチナバンドを手に入れた楽天モバイルが殴り込みを……と言いたいところですが、同じく後発で参入したソフトバンクと楽天モバイルとでは「決定的な違いが3つある」と入山先生は指摘します。
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携帯キャリアが差別化するには?
こんにちは、入山章栄です。
この連載の第157回で、業績が振るわない楽天モバイルの決算資料にツッコミを入れたのを覚えていますか? その楽天モバイルが総務省からプラチナバンドを割り当てられることになったというニュースが入ってきました。
BIJ編集部・常盤
携帯キャリアといえば長いあいだ、ドコモ、KDDI、ソフトバンクの3大キャリアの独壇場でした。そこへ参入したのが楽天モバイルですが、ほかの3社と比べるとまだまだサービスのクオリティ的に見劣りする状況でした。
しかし今回プラチナバンドを獲得したということは、これを機に楽天モバイルも大きく成長する可能性が出てきたのではないでしょうか?
うーん、僕は率直に言うと、別にプラチナバンドを獲得したからといって、楽天モバイルの状況が厳しいことは変わらないと思います。楽天モバイルが3社寡占の市場に殴り込みをかけたのは素晴らしいことだと思いますし、応援したい思いもあります。ただ、楽観的になれる材料がないんですよね。
BIJ編集部・常盤
なぜそう思われるのでしょう?
一番のポイントは、通信という業種ですね。まず端的に言って、通信ビジネスは差別化できない。これに尽きます。
これは競争戦略の基本でもありますが、楽天モバイルのように新しい市場に参入した企業が勝つ方法は、2つしかないんです。1つはほかの会社がマネできない独特の商品やサービスを提供する「差別化戦略」、もう1つは、ほかの会社も提供できるものだけれど、それをすごい低価格で提供する「コストリーダーシップ戦略」。このどちらかをとるしかありません。
そして携帯キャリアというのは、そもそも差別化がきかない業界なんですよ。だって、どの会社を使おうと、「回線につながる」という結果はほとんど変わらないでしょう。
これが食べ物であれば、AとBで好みが出てきます。マクドナルドとモスバーガーは違うし、松屋と吉野家も違う。スターバックスとタリーズも違う。味もそうですし、メニューも、店内の雰囲気も、注文システムさえ微妙に違う。この差異でお客さんの好みが分かれていく。差別化ってそういうものなんですよね。
じゃあ、携帯キャリアにこのような差別化要素がふんだんにあるかといえば、ないんですよ。強いていえば、つながりやすいかどうかの違いしかない。でも、どの会社も基地局は増やしているから、つながりやすさに大した差はないですよね。あとはもう比較要素がない。だから差別化できないんです。
楽天モバイルがいくらプラチナバンドをとっても、すでにドコモ、ソフトバンク、KDDIもプラチナバンドを持っているわけですから、ほかの3社に追いついただけで、差別化にはなっていない。逆に言えば、楽天モバイルがプラチナバンドを獲得したからといって、「やった! これからは楽天を使おう」という人はあまりいないでしょう。常盤さんはどうですか?
BIJ編集部・常盤
申し訳ないですけど、私は乗り換えませんね。
ですよね。みんなもうプラチナバンドに入っているし、携帯のキャリア変更は面倒だからスイッチングコストが高い。だから差別化戦略はとれない。
競争戦略で差別化戦略が使えないとなると、あとは低価格で勝負する「コストリーダーシップ戦略」しか残されていません。でも楽天モバイルにそれができるかといえば、おそらくできない。なぜなら楽天モバイルはこれから毎年、何千億円という費用を投じて基地局を建てていかなければならないからです。
そんなときに価格をこれ以上大幅に下げるなんてことをしたら、ただでさえ赤字なのが大赤字になって、つぶれてしまう。だから低価格も差別化も、どちらも不可能に近いということです。
ソフトバンクと楽天モバイルの決定的な違い
「でも、ソフトバンクも何年か前に携帯市場に参入して成功したんだから、楽天にも可能性はあるんじゃないの?」こんなふうに思う人もいるかもしれません。
しかしソフトバンクと楽天モバイルには決定的な違いが3つあります。
まずソフトバンクは参入の時期がよかった。ソフトバンクが携帯事業に参入したのは、まだ携帯というものがいまほど普及しておらず、スマホなどない時代でした。
2つめは、ソフトバンクがボーダフォンを買収したことです。この買収によってソフトバンクはとんでもない額の借金を背負ったけれど、ゼロから基地局をつくるのではなく、一気に基地局を手に入れることができた。
そして3つめに、ソフトバンクは当時できたばかりのAppleのスマートフォンであるiPhoneを、日本で初めて使えるようにしたんですよ。
BIJ編集部・常盤
そうそう、そうでした。
ドコモとKDDIはiPhoneと契約するのが遅れた。ソフトバンクの孫さんは「iPhoneならほかと差別化できて勝てる」という算段があったのでためらわなかった。いまとなっては孫さんが正しかったとわかりますが、当時、iPhoneに賭けるために数兆円もの借金をするというのは、とんでもないギャンブルなんですよね。でもそこに賭けられるのが、孫さんが天才経営者たるゆえんです。
それで結果的にソフトバンクが一気に伸びて、スマホというまったく新しい市場で勝者になった。だから日本の携帯キャリアはドコモ、KDDI、ソフトバンクの三つ巴になったわけです。
ところが楽天モバイルにはiPhoneのような差別化要素がありません。
だから楽天モバイルが勝つには、スマホでもスマートウォッチでもない、まったく新しい新世代端末(たとえば眼鏡とか、体内に埋め込むデバイスとか)を他社に先んじて独占契約し、「これが使えるのは楽天モバイルのプラチナバンドだけ!」という状況にする必要がある。そうすることでドコモ、KDDI、ソフトバンクのユーザーを奪うしかない。それができたら一気に伸びる可能性があります。でも、そうでないなら、当面はキツい状態が続くでしょうね。
BIJ編集部・常盤
なるほど、よくケーブルテレビなどが「当社と契約すれば○○の試合が見られますよ」と抱き合わせ販売をするのはそのためなんですね。つまり回線の部分では差別化ができないから、コンテンツの部分で少しでも差別化を図ろうという。そういえば楽天モバイルも、契約者限定でNBAの試合が見られるというキャンペーンをやっていますね。
「バンドリング」というやつですね。バンドリングというとカッコいいけれど、おっしゃる通り差別化できない業界だから、苦し紛れにほかのサービスと抱き合わせて差別化しているように見せているだけです。でもただ抱き合わせているだけだから、ライバルも簡単にマネができる。所詮どんぐりの背比べなんです。
BIJ編集部・常盤
そもそも楽天モバイルとしては事業を始めるにあたり、どういう絵を描いていたんでしょうね。
実際のところはわかりませんが、おそらく基地局をつくって低価格でいけば勝てると思ったんじゃないでしょうか。それに、当時首相だった菅(義偉)さんは規制改革論者で、高すぎる携帯料金を下げたいと思っていましたからね。三木谷さんとしては、いま参入したら政府の後押しも得られるという読みもあったのではないでしょうか。
ところが参入したら菅政権が崩壊して当てが外れた。ドコモなど競合は格安プランを始めて、各社の競争が激しくなった。だから菅さんの目的は達成されたけれど、三木谷さんとしては割を食った格好になったんでしょうね。
BIJ編集部・常盤
確かに、菅さんは首相就任後初の記者会見でも携帯電話料金の値下げに言及していましたものね。
楽天モバイルとしては今回プラチナバンドを獲得したわけですが、ドコモやKDDIやソフトバンクはそれを脅威とは思っていないでしょうか。
思っていないでしょうね。堀江貴文さんも動画で言っていたけれど、最近はむしろ値上げしていますからね。それは「どうせ追いつけないだろう」と判断しているからです。
差別化できない装置産業というのは、先行者利益がとてつもなく大きいから、早く入ったもの勝ちなんですよ。ドコモとKDDIは規制業種に先行者として入ったから勝っているだけであって、会社として大したことはしていない。唯一偉いのは大博打を打った孫さんのソフトバンクだけです。
BIJ編集部・常盤
なるほどそうですか。先生のお話をうかがう限り、楽天モバイルの苦戦はまだまだ続きそうですね。
もちろん価格に繊細な一部のユーザーや、たまたま何かのきっかけでほかの3大キャリアのサービスが嫌で楽天に移る人はいると思いますよ。でも数は少ないので、楽天が目指している、何百万、何千万というユーザーの獲得には至るのは難しいのではないでしょうか。個人的には楽天のチャレンジは応援したいけれど、難しいですね。
BIJ編集部・常盤
今回は久々に競争戦略論についての話題でした。今後の楽天モバイルの戦い方に注目しましょう。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。
からの記事と詳細 ( 楽天モバイル、プラチナバンド獲得しても“第2のソフトバンク”になれない3つの要因。唯一ありうる勝ち筋は? - Business Insider Japan )
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