それは20年近く前に見たテレビのドキュメンタリー番組だった。中国・一人っ子政策を特集していて、2人目を妊娠した女性を、地域の世話役が無理やり病院に連れていって中絶させるという場面だった。番組は、手術後の女性が、ふらつく身体を両脇から支えられて歩く姿までも追っていた。(ノンフィクション作家・青樹明子)
この世話役が居民委員会のメンバーである。この一人っ子政策や文革(文化大革命)時代の影響もあって、居民委員会は市民を私生活に至るまで管理し、監視する組織というイメージを持つ。それが、今回の新型コロナウイルスで大きく変わった。
居民委員会とは、社区と呼ばれる住宅地を管理する政府の末端組織である。コロナ禍で、ロックダウン(都市封鎖)や外出制限が厳しく実施された中、存在感を発揮することになった。「新型コロナ抵抗戦争」の下、彼らは戦闘員であると同時に、(生活面でのサービスを提供する)服務員、(政府の声を伝える)広報員、(党の方針を代表する)宣伝工作員、(治安維持の)巡回パトロール、違反者の補導など、業務は多岐にわたる。
まるで一つの町か村のように広大な居住区には、万を超す人々が住む。当然多くの人の出入りがあるが、今回居民委員会は、一人一人の身元チェックの他、検温による発熱チェック、膨大な量に上る宅配便やフードデリバリーの管理を一手に担った。高齢者や経過観察のために自宅隔離されている人に代わって、病院で薬を受け取り、スーパーで生活必需品を代理購入し、水道光熱費の支払いを手伝うなど、特殊状況下での生活補助も請け負った。
そして住民の心理面にも貢献したという。隔離で鬱屈している人々は、何か問題が起きると、まず居民委員に電話をして助けを求めたそうだ。
中国でも、マスク問題は深刻で、ピーク時、マスクはもちろん薬局から消えた。上海の日本人社会に「使用済みマスクはハサミを入れて捨てるように」という通達が出されたのも、この頃である。ごみ箱から使用済みマスクを拾い、闇で売る不届き者が出始めたからである。
そうしたなか、政府は居民委員会を窓口にして、1世帯に5枚のマスクを届けるという仕組みを作った。“アベノマスク”に460億円を使っても、まだ届かない家庭がある日本に比べ、より迅速に、そして効率よく配布されたのである。
もちろん、プライバシーの問題はある。家族構成や健康状態など、細部にわたって把握されているというのは、やはり抵抗感を持つ。
プライバシーか健康か。これは今、全世界に突き付けられた命題である。
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May 28, 2020 at 06:29AM
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【専欄】プライバシーか健康か 新型コロナで活躍、中国の居民委員会 - SankeiBiz
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