埼玉県立春日部女子高校で九月中旬、一年生を対象に「総合的な探究の時間」が開かれていた。教壇に立ったのは上野剛さん(42)。地域の課題を探る取り組みの一つとして、「食と健康」をテーマに講演した。温室効果ガス、持続可能な開発目標(SDGs)…。話は地球環境の問題にまで及んだ。「おいしさと健康、環境、この三つを守ることが何より大事」と熱を込めた。
母親は米国人で、幼い頃の食卓には肉やパスタ、ポテトなど欧米食が並んだ。父親は日本人で、同じテーブルに二つの食文化が混在した。食べ過ぎて肥満になり、保健室でカロリーや糖質を計算するよう指導を受けた。中学生で体重は百キロを超えた。母親も生活習慣病に陥った。「食を学んで、母親を健康にできないか」。相撲部屋から相次いだスカウトを断り、料理人の道へ進んだ。
高校卒業後、専門学校を経てフランス料理の修業を約十年積んだ。美食の追求から料理人を志した頃の「食と健康」に原点回帰し、介護食の世界に飛び込んだ。
フレンチシェフの腕で「介護食を変えてやる」と意気込んだ。高齢者施設で肉の火の入れ方ややわらかさにこだわった。だが、食べ残しの皿がどんどん戻ってきた。ショックを受け、利用者一人一人に理由を聞いてメモを取った。認知症だったり、歯がなくてかむ力が弱っていたり、それぞれに事情があった。高齢者の食事が病気とひも付いていることを知った。「高齢者は一日の食事で命をつなぐ。その料理をどう作ればおいしく食べてもらえるか」。歯の構造、嚥下(えんげ)の仕組み…。命に直結する介護食のプロになろうと、人体の構造の勉強も始めた。一人一人に寄り添う料理を作ると食べてくれた。うれしくて涙がこぼれたという。
療養を目的とした介護食から、病気の「予防食」にも着目し始めた。春日部市内で二〇二〇年二月から介護予防サービスと保育園が併設するカフェでシェフを担う。自然農法や地場産の野菜にこだわり根や皮、葉もすべて使う。名物料理の丸ごとニンジンフライや、野菜を中心としたお弁当、乳製品や卵、白砂糖、小麦粉などを使わないケーキなど体にやさしい料理を提供している。
地域のつながりを大事にしている。環境に配慮した生産者をサポートし、消費者と結んでいる。
「生産者と店、消費者をつなぎ、かかわる人の健康を食で支援する地域のハブ(拠点)になれたら」と夢を描く。(大沢令)
<うえの・つよし> 神奈川県横須賀市出身。1980年生まれ。春日部市でカフェと保育園が併設し、介護予防サービス(通所型サービスA)も提供する複合型店舗「came came30(かめかめさんまる)」を運営する会社の専務で、シェフ。今年5月には地元産の野菜を中心に使うプラントベースのカフェも越谷市内にオープンした。
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からの記事と詳細 ( <ひと物語>地域の健康 食で支える 自然食カフェシェフ・上野剛さん:東京新聞 TOKYO Web - 東京新聞 )
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