総務省で、いわゆる電波オークションの導入を検討する有識者会議が開催されている。電波オークションとは、携帯電話などの利用に必要な周波数を割り当てる際に各事業者から入札を行う方式。各種制限が設けられるのが一般的なため、単純に最高額を提示したキャリアが全ての周波数を獲得するというわけではないが、現在、日本で導入されている比較審査方式とは大きく性格が異なる。
コスト増につながる懸念もあり、キャリア各社は導入に慎重な姿勢を示していたが、11月16日に開催された「新たな携帯電話用周波数の割当方式に関する検討会」では、NTTドコモが「検討する価値がある」としてこれまでの方針を転換。事実上、電波オークションを容認する考えを代表取締役社長の井伊基之氏が明かした。なぜ、ドコモは電波オークションに前向きになったのか。その理由を解説していきたい。
周波数の割り当てに経済原理を組み込んだ電波オークション
電波オークションとは、特定の周波数を割り当てる際に、各社が希望額を提示して競う仕組みのことを指す。原則としては、最高額をつけた事業者に周波数の割当が決まるが、特に利用価値の高い周波数の場合、価格が高騰してキャリアの負担が大きくなりすぎることから、さまざまな制限が設けられているのが一般的だ。オークションにコストをかけすぎてしまうと、その後のインフラ整備に影響を与えるからだ。
ある程度、市場原理に沿う形にして、公平性を担保するのが電波オークションの目的といえる。欧米やアジア各国で実施の実績があり、日本でも電波オークションによる周波数の割り当てを導入するかどうかを議論するのが、上記の有識者会議が開催されている理由だ。
これに対し、日本では周波数を割り当てる際にさまざまな基準を設けて、申請をしたキャリアがそれぞれをどの程度満たしているかを審査する仕組みが採用されてきた。例えば、5Gの3.7GHz帯や4.5GHz帯、28GHz帯ではあらかじめ定められた基盤展開率を満たせるかといったエリア展開の計画や、MVNOを含めたサービスの活用度合い、さらには財務やコンプライアンスまでが審査され、現状のような割り当てになっている。
ただし、一部の審査項目には主観が入りやすく、“美人投票”と揶揄(やゆ)されることもあった。上記の例で見ると、例えばエリア展開は数字で客観的に比較できそうな一方で、サービスには「多様な料金設定を行う計画」や「MVNOを通じた基地局の利用促進」といった点数化が難しそうな項目が設けられている。そもそも、料金設定が周波数を割り当てる際の基準になる理由も不透明だ。
うがちすぎかもしれないが、キャリア各社がおとなしく言うことを聞くよう、周波数を“エサ”にしているといった見方もできる。審査項目の組み立て方次第では、特定のキャリアが有利になることも十分ありえる。電波は国民の財産といわれており、割り当てには公正性や客観性、透明性などが重視される。であれば、主観の入り込みやすい比較審査方式よりも、電波オークションの方が本来の趣旨に合っているのではないか――電波オークションの導入がたびたび取り沙汰されるのは、そのためだ。
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電波オークション導入賛成に転じたドコモ
ただ、先に述べた通り、電波オークションはキャリアにとってコストの増加につながる。経済原理だけに従っていると、利用価値の高い周波数帯では、落札額が高騰するおそれがあるからだ。こうしたコストは、ユーザー向けの料金に跳ね返ったり、エリア展開の遅れにつながったりする可能性がある。制度設計に失敗すると、最終的にそのツケを払うのはユーザーになるというわけだ。こうした事情もあり、キャリア各社は電波オークションに対して慎重な姿勢を示していた。
ところが、上記有識者会議に出席したドコモは「オークションを今後の基本的な割当方式として検討すべき」と主張。従来型の比較審査方式を「市場環境の多様化により、電波の有効利用からの乖離(かいり)」があるとしながら、「将来の変化への柔軟性」にも懸念があると批判した。また、周波数利用状況の評価については、計画ではなく実績をベースにすることや、周波数の有効利用に直結する客観的なデータに基づくべきであると主張している。ドコモが電波オークションの導入を積極的に求める姿勢を打ち出したのは、これが初めてだ。
オークションでコストが高騰する懸念については、「さまざまな制度設計により対応できる」とする。一例として挙げられていたのは「周波数キャップ」で、これは米国や英国、フランスなどで導入済み。1社ごとに獲得する周波数に上限を設けることで、保有する帯域幅に大きな偏りがなくなるとともに、獲得を目指す周波数が分散してオークション費用の高額化を防げるという。市場原理に従うと、希少なものほど高騰する可能性が高まるため、想定される需要に対して十分な帯域幅を用意する防止策もあるとしている。
電波オークションで獲得した周波数にカバレッジの義務を設けることで、割り当てられた周波数が無駄になってしまう問題も防げる。実際、既存の方式では、割り当て後にエリアや対応端末が広がらず、半ば放置されているような周波数もあった。4Gのころの700MHz帯はその一例といえる。ドコモの前社長、吉澤和弘氏は筆者の取材に対し、4Gで十分なエリアを広げないまま5Gへの転用を進めようとしていた他社に苦言を呈していた。カバレッジを義務化すれば、こうした事態は防ぐことができる。
ドコモが電波オークションを適当だと考えるのは、今後割り当てられる周波数の中心が、ピンポイントでエリアをカバーするための高い周波数帯になるからだ。全国をくまなくカバーする周波数とは違い、高周波数帯はビジネスのニーズに即した展開が基本になる。周波数帯ごとの費用対効果が算出しやすくなるというわけだ。同時に、ドコモの主張からは、直近の比較審査の結果に対する不満も見て取れる。
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くすぶる審査への不満、楽天モバイル対策の意味合いも
ドコモが有識者会議に提出した資料で挙げていたのは、2021年に割り当てられた東名阪以外の1.7GHz帯。ドコモは、これを2012年に割り当てられた700MHz帯と比較し、「多様なサービスの一部を切り取った評価への懸念」を表明した。この1.7GHz帯の割当では、サービスの項目に「MVNO促進」や「SIMロック解除」「eSIM導入」といった、周波数の有効利用とは直接の関係がなさそうな項目がズラリと並んでいる。
ドコモが設置した基地局を借りるMVNOが増えれば、そのぶん多様なサービスが実現するため、電波の有効利用が図れるといったロジックは理解しやすいが、SIMロック解除やeSIMはかなり間接的かつ恣意(しい)的な基準に見える。競争促進の観点ではどちらも推進すべきサービスなのかもしれないが、本来であれば、周波数の割り当てとは切り離して議論すべきこと。ドコモがこうした基準に不信感を抱くのも無理はない。
東名阪以外の1.7GHz帯は、ドコモの他、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの4社が申請したが、結果として周波数を獲得したのは楽天モバイルだった。審査結果を見ると、エリア展開についてはドコモが最高得点を獲得している一方で、MVNO促進は4点とソフトバンクの6点や楽天モバイルの8点より低い。ドコモ回線を借りるMVNOは非常に多く、少々不可解な結果にも見えるが、これは評価基準が10Mbpsあたりの接続料だったためだ。SIMロック解除やeSIMの推進に関しても、ドコモは楽天モバイルの後塵を拝している。
特にサービスの項目については、参入当初からSIMロック解除やeSIMを推進してきた楽天モバイルに著しく有利だ。楽天モバイルを優遇することでキャリア間の競争を促進したい総務省の思惑は分かるが、エリア計画で大きくリードしていたドコモにとって納得できない結果だったことは容易に想像がつく。こうした審査が続くのであれば、より透明性の高い電波オークションで決着をつけた方がいい――これが、ドコモの考えといえる。既存の割り当ての仕組みに異議を唱えつつ、楽天モバイルをけん制したという見方もできる。
事実、ドコモの主張に対し、真っ先に反応したのは楽天モバイルのCEOを務める三木谷浩史氏だった。同氏は17日にTwitter上で「弊社としては大反対」と持論を展開。「ドコモなど、過剰に利益を上げている企業の寡占化が復活するだけで、最終的にはせっかく下がってきている携帯価格競争を阻害する『愚策』だ」とドコモの井伊氏や電波オークションを検討している総務省を批判した。
三木谷氏の発言にも一理あるようにも思える。ようやく自前でのネットワークが完成しつつある楽天モバイルだが、基地局建設コストやKDDIへのローミングコストがかさみ、赤字は過去最高を更新し続けている。2022年度の黒字化は見えてきているものの、電波オークションに全力投球できるほどの利益が出るのは、まだまだ先になりそうだ。大手3社と比べて資金力に劣る楽天モバイルは、獲得できる周波数が獲得できず、不利になる可能性が高い。仮に電波オークションを導入するとしても、各社の置かれた環境をどう考慮するかは課題になりそうだ。
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