緑のなかは気持ちがいい。目の前に広がる牧草地。新緑のグラデーションが美しい山々。こうした自然のなかにいると脳がリラックスし、すーはーと深呼吸すれば、細胞単位でリフレッシュする思いである。
このように感じる心地よさは単なる気分の問題だと思っていたらなんと、数値的にしっかりと証明されていることがわかった。
ラベンダー畑の前で5分
千葉大学大学院、園芸学研究院の准教授、岩崎寛(いわさき・ゆたか)氏の専門は環境経済学。なにやら聞きなれない名称だが、環境(植物を扱う研究分野)+健康(人の健康を扱う研究分野)で、自然や植物や、園芸、農業などに、地域ケアや看護、予防医学、作業療法などをむすびつけてその効果などを調べていく研究なのだそうだ。
岩崎氏が行った「芝生地およびラベンダー畑が保有する整理・心理的効果」という実験では、興味深い結果が示されている。
ラベンダーは香りにも効果があり
目の前に広がる芝生の前と、ラベンダー畑の前にそれぞれ座ってもらい、5分間、じーっと目の前の景色をながめながら休憩してもらう。すると、血圧、心拍数、ストレスホルモン(唾液コルチゾール=唾液のなかに含まれるストレスを示す物質)といった数値がすべて改善されたという。特に血圧については、高すぎる人が下がるのはもちろん、低すぎる人も正常値まで上がってきたといい、芝生よりラベンダー畑でより顕著にその傾向が見られたという。
ときどき富良野のラベンダー畑を訪れて、うっとり見つめる自分は、なんと少女趣味なのかと気恥ずかしく思っていたけれど、これからは、ストレス減少&血圧正常値のためだ。仕方ない。ゆっくり存分にうっとり見つめることにしよう。
努力なしに健康!なんて素敵な響き
こうした効果を得るためには、わざわざどこかに出向かずとも、オフィスワーク中に視界に入るよう植物を設置するだけでいいという。デスクの上に観葉植物を置いた実験では、集中力、意欲、はかどり、職場での会話、職場環境といった満足度が上がり、逆に、緊張や不安、落ち込み、怒り、疲労などが下がったという。植物、すごい。
こうした結果を聞いて、このところ私が悶々としている理由が分かった。いままで、やれ箱根に試乗会だ、やれ八ヶ岳にソフトクリームを食べにと自然のなかにクルマで繰り出していたのに、コロナで一変し、味気のない自室でリモート仕事になったのである。そりゃ、殺伐とした気分になるのも当然なのだ。
とはいえ、ラベンダー畑も広々とした芝生地も遠すぎる。さらに今は、箱根にすら行けない。ついでに私は、枯れにくいはずのローズマリーの鉢植えも一か月もせずに枯らしたという黒い手の持ち主。観葉植物も無理だ。
春の日比谷公園
岩崎氏は、そんなとき「公園浴」を推奨してくれた。近所の公園で十分なのだという。たしかに、東京のど真ん中でも日比谷公園があり、木々がたくさんある。うちのそばの公園でも、見事な花をさかせた桜の木が緑の葉をたくさんつけている。
厚生労働省によると、個人の努力に基づく健康増進を「一次予防」と呼ぶらしい。さらに、環境を改善し、個人の努力なしに健康へと導くことを「ゼロ次予防」と呼ぶのだそうだ。
ゼロ次予防。努力なしに健康! なんて素敵な響き。
SAPAにも採用される「ゼロ次予防」コンセプト
トイレに向かうだけで、植物が視界に入る
このゼロ次予防のコンセプトを活かした岩崎氏の環境健康学の手法は、オフィスビルの緑化計画などに活かされているだけでなく、私たちの身近な場所である、高速道路のSAPAでも採用されている。
SAPAの敷地には、さまざまな植樹がほどこされている。ただ、場所によっては、駐車スペースからフードコートやトイレまでの動線から離れた場所に緑地があることもしばしば見受けられる。ユーザーがSAPAに寄ったときに、自然の流れで植物が視界に入れば、ストレスが軽減してイライラが減り、事故も減るのではないか。
そこで、岩崎氏の提唱でネクスコ東日本が動き、千葉県の千葉東金道路にある野呂PA(下)では、駐車スペースからフードコートやトイレに行くあいだに植物を植え、トイレに向かうだけで視界に植物が入る設計がほどこされた。
二輪車駐車スペースの奥に高床式の芝生スペース
さらに岩崎氏は、二輪車のライダーたちが、長距離走行して縮こまったからだを小さなベンチで体を伸ばしているのを見て、芝生の上で腰を伸ばせる高床式の芝生(レイズドローン)の設置を提案。完成した芝生エリアはあまりにもきれいすぎて座ることを躊躇するほどだが、ライダー諸氏はぜひ野呂PA(下)に立ち寄り、ゆっくり体を伸ばしていただきたい。
植物でストレスが減り、健康になり、運転や渋滞中のイライラが軽減されて、あおり運転やいらないトラブル(車内の夫婦喧嘩とかね)が減れば大いにありがたい。都会を走り、コンクリートばかり見つめて走るドライバーにも植物の癒しを。植物によるゼロ次予防に期待である。
岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。レスポンスでは、女性ユーザーの本音で語るインプレを執筆するほか、コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。最新刊は「世界でいちばん優しいロボット」(講談社)。
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