コロナでテレワークの導入が進んだ。その結果、浮き彫りになった課題に、機密情報の管理が挙げられる。その象徴的な出来事として、2021年1月の楽天モバイルの社員が逮捕された。本事案を通じ、リスクマネジメントを専門とする弁護士・浅見隆行氏に、情報漏えい発生を受けての広報の立ち回り方について語ってもらった。
2021年1月12日、ソフトバンクから楽天モバイルに転職した男性が、5Gネットワークなどに関わる技術情報を不正に持ち出したこと(不正競争防止法違反)を理由に逮捕されました。同日、ソフトバンクと楽天モバイルはそれぞれリリースを発表しましたが、その内容は対照的なものでした。転職者による技術情報の持ち出しは、ここ数年、メディアに取り上げられることが増えてきた印象を受けます。注目度が高いトレンド不祥事と言ってもよいでしょう。広報担当者は、自社が加害者・被害者の両方になり得ることを覚悟して、万が一のときのために広報の心得を修得しておく必要があります。
問題の経緯
2021年1月12日
ソフトバンクが持つ5Gなどの技術情報を不正に持ち出したとして、警視庁は1月12日、不正競争防止法違反(営業秘密の複製領得)の疑いで、同社元社員で現在は楽天モバイルに勤める男性社員を逮捕した。報道によると、警視庁は2020年8月、楽天モバイル本社や当該社員が実際に働いていた場所などを捜索。押収した業務用パソコンから、ソフトバンクから流出したとみられる情報が見つかったという。
「営業秘密」か否かが法に触れるポイント
転職者が在籍している楽天モバイルのリリースを見ると、冒頭、「この度…従業員1名が…逮捕されました」との記載から始まります。この記載だけを見ると、逮捕の事実を記載しただけのように見えます。しかし、男性・女性の別や役職名を書かずに「従業員1名」とだけ記載しているのは、逮捕された従業員が特定されることを避けるための慎重な配慮が働いているように思えます。
結果的に、メディアではソフトバンクを2019年12月31日に退職し、翌日に楽天モバイルに転職した男性社員であることは報じられてはいます。それでも、楽天モバイルから積極的に公表する内容ではないことを踏まえると、適切な配慮だったように思えます。
なお、被害者側のソフトバンクのリリースでも「2019年末に当社を退職し現在、楽天モバイル株式会社に勤務する人物(以下「当該元社員」)」との記載になっているのも、同じ配慮が働いたように見えます。
両社のリリースを比較したときに、着目したいのは使用している用語の違いです。楽天モバイルは「前職により得た営業情報」「技術情報」との用語を使用したのに対して、ソフトバンクは「営業秘密」との用語を使用し、その内容を「不正に持ち出された当社営業秘密は、4Gおよび5Gネットワーク用の基地局設備や、基地局同士や基地局と交換機を結ぶ固定通信網に関する技術情報です。」と明らかにしました。
この差は、不正競争防止法を意識しているからです。技術情報の持ち出しが不正競争防止法違反に該当するのは、当該技術情報が「営業秘密」に該当する場合に限られます。そのため、楽天モバイルは「営業情報」「技術情報」との用語を使用し、必ずしも不正競争防止法違反になるとは限らないことをメッセージとして伝えています。他方で、ソフトバンクは「営業秘密」との用語を使用し、不正競争防止法違反であることは間違いないという前提でリリースを作成しているのです。
転職者による情報の持ち出しの際には漠然と「企業秘密」や「技術情報」との用語を使ってしまいがちですが、両社のように「営業秘密」との用語を使用するか避けるかを判断することによってリリースの内容に迫力が出てきます。広報担当者は企業活動を巡る法律に関して最低限の知識を持つか、法務部門と連携してリリースを作成することをオススメします。
“諸刃の剣”となり得る要注意ワード
両社のリリースの内容が分かれたのは、転職者が持ち出した技術情報の中に5Gネットワークなどに関わる技術情報が含まれているか否かです。楽天モバイルは「社内調査を徹底しており、現時点までに、当該従業員が前職により得た営業情報を弊社業務に利用していたという事実は確認されておりません。また5Gに関する技術情報も含まれておりません」とまでうたい、「5Gに関する技術情報」が含まれていないことを宣言しました。
この「社内調査を徹底」との表現を使用することは諸刃の剣です。今後の捜査機関による捜査や訴訟の中で5Gネットワークなどに関する技術情報が含まれていることが明らかになれば、「社内調査を徹底」とは何だったのかと批判の対象になり得ます。一方で、実際に含まれていなければ、楽天モバイルの調査能力が高かったと評価されることになります。
多くの不祥事では、リリースの第一報までは社内調査が完了していることは稀だと思います。その場合には、「現在社内調査を進めているところであり、現時点では」と留保付きで表現した方がリスクヘッジになります。楽天モバイルのリリースも「現時点では」との留保は付いていますが、「社内調査を徹底」とまで言ってしまっているので、客観的にはリスキーな言い回しに見えます。
他方、ソフトバンクのリリースは、「楽天モバイルの業務用PC内に当社営業秘密が保管されており、楽天モバイルが当社営業秘密を既に何らかの形で利用している可能性が高いと認識しています」とまで言い切っています。リリースを作成するときには「可能性」に言及することは禁忌です。というのは、後に、その「可能性」が間違っていたときには、読者をミスリードしようとしていたと企業姿勢そのものが叩かれることがあるからです。
ただ、今回のリリースは、転職者が不正競争防止法違反で逮捕された直後に発表されたものであることから、捜査機関が逮捕するほどの状態ならその「可能性」が高いと判断しての言及なのではないでしょうか。このケースのように「可能性」を裏付ける外部要素がある場合には、「可能性」に言及することは許されるかもしれません。
企業姿勢をアピールする機会に
また、ソフトバンクは「今後、楽天モバイルにおいて当社営業秘密が楽天モバイルの事業に利用されることがないよう、当社営業秘密の利用停止と廃棄等を目的とした民事訴訟を提起する予定です」と、今後、訴訟を提起する予定まで踏み込んでアピールしています。これは、情報を取り扱う企業として、情報の持ち出しは許さないとの企業姿勢を強調するものと見ることができます。
その上で、ソフトバンクのリリースは、この前後で、「お客さまの個人情報」などが持ち出された「営業秘密」には「一切含まれておりません」と持ち出された技術情報の内容を特定し、かつ、「今回の出来事を受けて、再発防止施策として以下の追加施策を2020年3月以降、順次実施しました」と情報資産管理の強化や役職員に対するセキュリティ研修の実施についても言及しています。こうした内容にも同じリリース内で触れることで、情報の保存・管理への意識が高い企業であることをメッセージとして伝えることにも成功しているように見えます。単に、転職者が情報を持ち出して逮捕されたというだけではなく、それを機に、企業姿勢をアピールできている点では非常に練られたリリースのように見受けられます。
(あさみ・たかゆき)
1997年早稲田大学卒。2000年弁護士登録。中島経営法律事務所勤務を経て、2009年にアサミ経営法律事務所開設。企業危機管理、危機管理広報、会社法に主に取り組むほか、企業研修・講演の実績も数多い。
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